唐代の禅僧

田中良昭・椎名宏雄・石井修道 監修

 7世紀から10世紀、主に唐代を中心とした時代の禅者たちの、瑞々しい力に満ちた言葉・生き方に光をあてる。
 今日まであまり一般的に読まれてこなかったものの、禅の流れの上で重要な位置を占める禅僧たちを取り上げ、一流の執筆陣が語録をやさしく読み解き、その思想と生涯に迫る画期的シリーズ。

■四六判上製・各巻約250頁 各巻平均2,700円+税

好評刊行中!

 

「唐代の禅僧」全12巻 収録内容

第一

2,600円+税

慧能 えのう
―禅宗六祖像の形成と受容―
田中良昭 著 中国で名僧といえば、羅什・玄奘・達磨等と共に禅宗第六祖慧能の名が挙げられる。たしかに、六祖の名で親しまれる慧能は、達磨以上にドラマチックな伝記に彩られ、また彼の語録で経典と同じ権威が付与された『六祖壇経』の禅旨が、それ以後の禅の流れを決定づけたからである。それほどこの書は数ある禅籍の中で最も重んじられ、今や世界の名著とされる。有名な神秀との悟境偈の逸話や広州での風動幡動の機縁など、みなこの書の中に含まれる。
第二巻

2,600円+税

神会 じんね
―敦煌文献と初期の禅宗史―
小川 隆 著 慧能を禅宗第六祖として決定させた人物が、ほかならぬ洛陽荷沢寺の神会。彼は慧能から禅法を承け、当時洛陽や嵩山を中心に栄えていた北宗禅を排撃し、安禄山の乱が起るや度牒を売り香水銭を集めて唐朝の財政を助ける政治力をも発揮した。そうした実状は、敦煌から続々と発見された彼の語録や伝記等により、近年一層明らかとなった。思想や禅風も慧能系のいわゆる南宗禅成立に大きな影響を及ぼすなど、彼の立場は今や禅宗史の上で華やかな脚光を浴びている。
第三巻

3,000円+税

石頭 せきとう 石井修道 著 名は希遷。六祖慧能―青原行思―石頭と承ける慧能の孫弟子。衡山南岳(湖南省)南台寺の石上に常坐したところから「石頭」と呼ばれる。江西の英傑、馬祖道一と並んで中唐の禅界を「江湖」の名で風靡した一方の旗頭であるが、彼の系統には山居の地味な禅者が多い。非思量の坐禅で知られる薬山惟儼は石頭の高足。また、曹洞宗寺院で毎朝読誦している『参同契』一篇は、石頭が著した深い哲理に富む珠玉の禅偈である。
第四巻 百丈 ひゃくじょう

西口芳男 著 名は懐海。馬祖道一に禅法を承け、人跡稀な百丈山(江西省)を道場として自給自足による枯淡な禅風を発揆した。その修道の生活規範たる『百丈清規』は禅宗最初の清規として名高いが、惜しくも伝存しない。しかし、中国では誰でも知る「一日作さざれば一日食らわず」の言葉は、彼の自立高邁な精神を示すに面目躍如。素朴かつ高潔な語録『百丈広録』三巻の中には、「独坐大雄峰」「我を生む者は父母、我をなす者は朋友」などの名句の数々がみられる。

第五巻

2,600円+税

いさん
―?山の教えとは何か―

尾ア正善 著 名は霊祐。百丈の法嗣であり、これまた秘境の大山(湖南省)を根城に名声をはせた禅哲。弟子の仰山と共に仰宗の祖。円相などの特徴ある禅風を示すこの宗派は宋代に跡を絶つが、新羅や高麗に受け継がれた。山には観察史相国裴休も参禅し、また「山水牛」の機縁は特に有名。語録一巻のほか『山警策』の作品は、初めて漢訳された経典とされる『四十二章経』、釈尊最後の説法『仏遺教経』と共に「仏祖三経」の一つとされてきた珠玉の一篇である。

第六巻

2,600円+税

趙州 じょうしゅう
―飄々と禅を生きた達人の
鮮かな風光―
沖本克己 著 名は従。馬祖道一―南泉普願―趙州と禅法を承ける。南泉を嗣いだのち六〇歳にして行脚を始め、諸方に参禅問法二〇年、八〇歳で趙州(河北省)観音院に住し、何と一二〇歳まで禅法を揚げたと伝えられる。自在の言葉による学人接化の禅風は「口唇皮禅」と呼ばれ、唐末に「北に趙州あり」と称されて臨済をも凌ぐ名声を博した。一代の語録『趙州録』三巻には、「庭前の柏樹子」「仏性有無」「洗鉢去」「喫茶去」などの活句が充満。
第七巻

3,000円+税

洞山 とうざん
―臨済に並ぶ唐末の禅匠―
椎名宏雄 著 名は良价。法系は石頭希遷―薬山惟儼―雲巌曇晟―洞山と承ける石頭下四世の人。深山の洞山(江西省)に道場を開き、孤高絶妙の禅風を掲げた。弟子の曹山と共に曹洞宗の宗祖とされ、わが道元は「高祖」の名で讃仰。真理と事物との関係を示した五位の創始者とされ、また偈頌にも秀れている。珠玉の語録三種は、世界の名著の名に恥じぬ秀作である。「無寒暑」「常切」「仏向上人」等は特に著名。また『宝鏡三昧』一篇は石頭の『参同契』と並んで曹洞宗の常用経典として広く知られている。
第八巻 臨済 りんざい 衣川賢次 著 名は義玄。馬祖道一―百丈懐海―黄檗希運―臨済と承け、言わずと知れた臨済宗の宗祖その人。鎮州(河北省)臨済院などに住して英名を馳せた大禅匠として名高い。峻烈な家風に富む禅録の王『臨済録』一巻は、古来一般人にも広く愛読され、おびただしいテキストと解説書がある。今や外国語の翻訳も多い、世界の名著。「一無 位の真人」「殺仏殺祖」「随処に主となれば立処皆真なり」等の活句をはじめ、四喝・四賓主・四料揀等の禅機は、汲めども尽きぬ絶語である。

第九巻

2,800円+税

雪峰 せっぽう
―祖師禅を実践した教育者―
鈴木哲雄 著 名は義存。系譜上は、石頭希遷│天皇道悟―龍潭崇信―徳山宣鑑―雪峰と承ける名僧。その門下に雲門宗と法眼宗の二宗派を出す。福州(福建省)郊外の雪峰山に道場を開き、北方の趙州と並んで「南に雪峰あり」と称され、唐末の南方禅界を席巻した。国の王侯たちの深い帰依を受け、門人は一千五百人といわれる。語録二巻があり、また『祖堂集』の中にも古い貴重な機縁が豊富。常用した「是什麼=これはなんだ」をはじめ、厳しい禅風が特徴。
第十巻 曹山 そうざん 佐藤秀孝 著 名は本寂。洞山良价の法嗣であり、洞山と共に曹洞宗の宗祖の地位にある禅匠。曹山(江西省)に道場を開き、盛んに禅風を鼓舞した。特に洞山の素朴な「五位の頌」を継承して大いにこれを広め、曹洞宗の宗風とされる五位思想の大成者とされる。語録二巻が伝存し、「不変異の処」「三然灯」「井の驢をみるが如し」等、深い禅旨の開示やさまざまな学人接化の機関がみられる。雪峰と同じく、『祖堂集』には他にみられぬ彼の語句が散在している。

第十一巻

2,800円+税

雲門 うんもん
―立て前と本音の
       はざまに生きる―
永井政之 著 名は文偃。雪峰義存の法嗣。南方の雲門山(広東省)を道場に南漢王の帰依を受け、生涯ここで禅風を鼓舞した唐末五代の禅界を代表する巨匠。雲門宗の宗祖であり、その門下は北宋代の天下を席巻する。雲門の禅風は機峰の鋭い精妙孤高とされ、一代の語録『雲門広録』三巻の中に見ることができる。雲門の教示や機関としては「一字関」「日々これ好日」「花薬欄」「修行の三病」等が名高い。
第十二巻 法眼 ほうげん 土屋太祐 著 名は文益。法眼とは諡号の大法眼禅師からの尊称である。雪峰義存―玄沙師備―羅漢桂―法眼と承け、のち法眼宗の宗祖とされる禅哲。金陵(南京市)の寺に住し、王侯庶民のために独自の哲学的で教禅一致風の禅旨を開示した。その門下は、五代から北宋期にかけて浙江省・福建省を中心に大いに栄えた。語録一巻のほか、参禅の用心を示す『宗門十規論』の著作が伝わる。語句の中では、「不知最も親切」「汝はこれ慧超」等は特に有名。

 

刊行にあたって

今日、ZEN(禅)は国際的な市民権を得ている。すなわちZENは二十世紀の欧米に対して、宗教・思想・文化の面で影響を与え、知識人を中心に支持を得て定着している。ふり返って、わが国の中世以降における禅の伝統と影響は今さら贅言を要しないが、その源泉は中国であり、それも唐代に行きつく。七世紀から十世紀にかけての大陸では、個性豊かで傑出した禅匠たちがそちこちに輩出し、彼等のすぐれた言動は「語録」というかたちで残され参究されて、今日に至る禅の流れの土台が築かれた。

いったい、人の生涯にはかならず苦悩があり、困難な事態にも直面する。そのような時、古典が教える先人たちの言動は、われわれに多くの指針と希望を与えてくれる。そうした古典には、時代をこえて読む人の糧となる力が溢れているからであろう。

現今のわが国は、政治・経済・文化共にかつてない混沌たる様相を呈している。それは、複雑化した社会における多様な価値観の相克する現象であるが、それゆえにまた確たる支柱を見出せず苦悩する人も多い。このような時代にあって、大いなるさとりに根ざした強い自主性の確立のもとに、広漠たる大地にたくましく生きた唐代禅僧たちの軌跡や言動に直参してみるのは、意義深いのではないであろうか。その個性あふれた生きざまと個々の人間の活力を引き出す教育的手腕のはたらきは、現代にあっても人びとや世相に光を照射し、何らかの力を与えるものと信ずるからである。

本シリーズは、唐代を中心とする時代に活躍した十二名の禅匠を選び、一流の執筆陣が彼等の語録類からポイントを絞って読み解き、その思想・禅風のエッセンスを中心に、生涯と後代への影響までを見通す。この時代に活躍した幾多の禅僧たちの中で、特にこれまで一般にはあまり知られず、また読まれにくかった禅匠を紹介することを主眼にして十二名を選りすぐった。

前世紀は、敦煌から発見された多くの貴重な禅籍の紹介・研究、それに禅門燈史書『祖堂集』の活用などにより、初期禅仏教の研究は大きく前進した。しかし、これらの個性的な著作類の解読はかならずしも容易ではなく、まして広く一般に紹介するのは難事ではある。本シリーズでは、まさに第一線で活躍中の気鋭の研究者が、これらの読み下し・現代語の説明による読み解きと、その意義の紹介に挑む。

専門家のみならず広く一般に関心を持たれる方々のご高覧を願うものである。

 

 

推薦のことば

本シリーズを薦めるゆえん   花園大学名誉教授・㈶禅文化研究所長  西村惠信

 中国で禅宗を伝えた祖師たちは、いずれも若き日に「生死」という人間存在の根本矛盾に撞着して決然出家し、叢林と称する禅僧の修行者集団に身を投じ、清規(しんぎ)と呼ばれる厳しい集団的規制のなかで、もっぱら自己追求に没頭したのである。
 そしてある日、ある瞬間、ある契機によって、他人とは分かち合うことの出来ない歓びをもって、「自己本来の面目」を徹見した。これこそ初祖達磨の宣揚した「直指人心、見性成仏」の追体験であって、どの禅僧にとっても、それがその後の彼にとって揺るぎなき生の基盤となったことは、すべての禅僧に共通している。
 彼らの確信に満ちた生きざまは、自分自身の幸運となったが、それは同時に周辺にいる門人たちにとっても、よき人生の範となった。禅はこうして連綿と伝えられたのである。
 そういう禅者たちの言行は、今も『禅僧伝』と呼ばれるドキュメントによって伝えられている。その内容は過去的であるが、内容はすべて今も現在する「活句」である。
 またそれらは禅者一人ひとりの生きざまの記録であって、「禅はこういうものだ」というようなパラダイムらしきものはどこにもない。だから「禅」は、自己と深く関わった人たちの数だけあると言えよう。そう言う理由から、本当に禅の本質に迫りたい人には、禅者一人ひとりの「伝」を読むのが、もっとも捷径であろうと思う。
 これこそ私が敢えて本シリーズを薦めるゆえんである。

 

真実と生きる勇気を与える書   駒澤大学 総長 大谷哲夫

 現代社会は、戦後の特に欧米的合理主義の展開が行き着くところまでいき、それによって生み出された負の遺産としての危機感が深刻化し、その行き詰まりを解く鍵が禅仏教に求められているといっても過言ではありません。
 従来、禅の流れやその思想についての関心はもたれてきました。が、禅は達磨大師以後、長い間現実主義的な中国という風土のなかで、土着の思想や信仰との融合や離反を繰り返しながら、唐代の禅者たちによって「自己とは何か」という人間に対する真実の問いかけがなされ、人間の本来的な尊厳性を発揮し、みずみずしい活力に溢れた禅仏教・禅宗として現実に当時の社会に確実に根付いたものであったことは意外と知られていません。
 今回、そうした名だたる禅僧たちの真実に生きた姿を広く紹介する目的で、学術的価値をも備えた一般向けの教養書として『唐代の禅僧』というシリーズが企画されました。監修された田中・椎名・石井の三先生はじめ執筆陣は、中国禅宗に関する第一級の碩学であり気鋭の学者のかたがたです。
 その執筆陣の筆は、唐代を代表する十二人の禅者たちの逞しく活力に満ちた言行や個性的な生き様を活写し、我々に時代を超えた真実と生きる勇気を与えてくれます。混沌とした社会であるからこそ、その大きな壁を突き破る心の糧を示唆してくれる本シリーズを世にお薦めします。


 

 

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